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24時間営業反対に反対

 この頃世間では、24時間営業に否定的な世論が強まっている。最近ではロイヤルホストが24時間営業の廃止を決め、その他の業種についても同様の措置を取るべきだという意見を多く聞く。

 嗚呼、なんと自己中心的な人たちばかりなのだろう。24時間営業に反対している人たちはきっと、仕事が終わってから帰るのが遅くなったり、夜勤や遅番といった勤務体系で働いていたりしないのだろう。

 帰りが遅い人にとって、24時間営業のコンビニや飲食店があるか無いかは非常に重要な問題である。仕事に疲れ空腹だが、スーパーは既に閉まっている。家にも食べるものがない。そんな時に24時間空いている店が無かったらどうなるだろうか。彼らは朝店が開くまで空腹のまま待てばいいのだろうか。それも仕事終わりである。24時間営業を廃止すべきといっている人は明らかにこの問題を無視しているとしか言いようがない。深夜にお店が開いてなくても自分は困らないわけだから、いとも簡単にそのような事を言ってのける訳だ。

 現在夜勤で生計を立てている人からしてもいい迷惑である。夜勤は日中よりも給料が高い。これは日本全国どこに行っても共通の事実である。当然の事ながら、賃金が割り増しされる事を活用して夜間に多く働き生計を立てる人も沢山いる。では、24時間営業が廃止になるとどうだろう。運良く日中のシフトに食い込めても月々の収入は大幅に減少する。運が悪ければタダの余りでシフトにも入れない。生活が成り立たなくなるのだ。無論、朝に出勤するようなフルタイム労働者には一切関係のない話だ。自分は朝起きて仕事に行き、夜に帰宅するだけでいい。どこかのコンビニや飲食店が24時間営業を廃止した所で職にあぶれたり給料が減ったりする事はない。前述のように不便になる訳でもない。

 24時間営業を廃止すべきだと唱える人の中には、「便利さを求めすぎている」だとか、「便利さに騙されてはいけない」といった言葉を口にする人が多くいる。随分と聞こえのいい言葉だ。便利さを求めすぎた結果おかしな方に向かう社会を戒めるつもりなのだろう。随分と偉そうな上から目線の物言いである。

 彼らにとって「便利さ」とは、深夜に小腹が空いたりちょっと飲み足りなかったり、あるいは今週発売の雑誌を読みたかったり通販の支払いをしたかったりといった時にすぐ買いに行けるという意味の、無くても困らない「便利さ」である。これは、24時間営業の店舗を本当に必要としている人にとっての「便利さ」とは大きく程度が違う。

 24時間営業が何故悪者にされているのか一切理解ができない。少人数の無理があるシフトや労働基準法に抵触しかねない労働時間などの根本的な問題が何故か後景に追いやられてはいないだろうか。

 これはロイヤルホストにも責任がある24時間営業とブラック企業問題は無関係にもかかわらず、さも関係があるようにコメントを発表している。それで一躍ヒーロー扱いだ。もっと素直に、採算が合わないからと言うべきではないのだろうか。

 24時間営業を廃止すべきだと考えている人は、それが自分の事しか見えていない、身勝手な意見ではないか今一度よく考えて欲しい。

 勿論経営者側が24時間営業を廃止するならそれは仕方の無い事だ。それならせめて欺瞞に満ちた社会へのアピールではなく、採算が合わないという率直な理由を述べて欲しい物である。

 私は24時間営業反対に反対だ。